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神道十三派とは?

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神道十三派とは?神道なのに「13の宗派」があるの?

神道というと、伊勢神宮や出雲大社、地域の氏神様など、「神社で神様を祀る信仰」を思い浮かべる人が多いでしょう。

ところが神道の歴史を調べていくと、「神道十三派(しんとうじゅうさんぱ)」という言葉が出てきます。

「神道にも仏教みたいに宗派があるの?」

「天理教や金光教も神道なの?」

そんな疑問が出てくるかもしれません。

神道十三派とは、明治時代の宗教政策の中で、政府から独立した「神道教派」として公認された13の教団を指します。一般には「教派神道(きょうはしんとう)」と呼ばれています。(文化庁)

そもそも「教派神道」とは?

私たちが普段参拝する神社を中心とした神道と、教派神道には少し違いがあります。

神社では、天照大御神、大国主命、八幡神、稲荷神など、それぞれの神社の御祭神を祀り、祭祀を行います。

一方の教派神道は、神道的な信仰を基盤としながら、特定の創始者や指導者、その宗教体験や教えを中心として組織された宗教教団です。

ただし、13派すべてが一人の「教祖」によって始まったわけではありません。山岳信仰や神道思想、神社を中心とした信仰から組織化された教派もあり、その成り立ちはさまざまです。(文化庁)

そのため、

神社を中心として神々を祀る
→ 神社神道

独自の教えや組織を持つ神道系の教団
→ 教派神道

と考えると、まずは分かりやすいでしょう。

なぜ明治時代に「神道十三派」が生まれたの?

江戸時代までの日本では、神道と仏教は現在ほど明確に分かれていませんでした。

神社の中に仏教的な要素があったり、神と仏を結びつけて信仰したりする「神仏習合」が長く続いていました。

ところが明治時代になると、政府は神道と仏教を分ける政策を進め、神道そのものも制度的に整理されていきます。

その過程で、神社の祭祀を担う領域とは別に、独自の教義を説き、人々に布教する神道系の宗教教団が「神道教派」として公認されていきました。

最初から13派が一度に作られたわけではありません。

それぞれの教団が別派として独立していき、1908年(明治41年)に天理教が独立を認められたことで、後に「教派神道十三派」と呼ばれる13教派がそろいました。(教派神道連合会)

神道十三派はどの13教派?

明治時代に神道教派として公認された十三派は、次の教団です。(文化庁)

  1. 黒住教(くろずみきょう)
  2. 神道修成派(しんとうしゅうせいは)
  3. 出雲大社教(いずもおおやしろきょう)
  4. 扶桑教(ふそうきょう)
  5. 実行教(じっこうきょう)
  6. 神道大成教(しんとうたいせいきょう)
  7. 神習教(しんしゅうきょう)
  8. 御嶽教(おんたけきょう)
  9. 神理教(しんりきょう)
  10. 禊教(みそぎきょう)
  11. 金光教(こんこうきょう)
  12. 天理教(てんりきょう)
  13. 神道大教(しんとうたいきょう)

ただし、これは「現在の神道には13宗派しかない」という意味ではありません。

あくまで、明治時代の制度の中で公認された13の神道教派を歴史的にまとめた呼び方です。

十三派はみんな同じ神様を信仰しているの?

いいえ。

「神道十三派」という一つのグループにまとめられていますが、それぞれの教えや信仰対象、成り立ちはかなり違います。

たとえば黒住教は、江戸時代後期の神職・黒住宗忠(くろずみむねただ)が宗教的体験を経て開いた教えで、天照大御神への信仰を中心としています。(kurozumikyo.com)

一方、富士山や御嶽山などの山岳信仰を背景に持つ教派もあります。

また、出雲信仰を背景とする出雲大社教や、独自の教祖・教えを持つ金光教や天理教などもあります。

同じ「教派神道」に分類されたからといって、十三派が同じ教義を共有しているわけではありません。

文化庁も、教派神道には神道だけでなく儒教・仏教・道教・修験道など多様な要素があり、その内容を一括して説明することは難しいとしています。(文化庁)

出雲大社と「出雲大社教」は同じもの?

ここは非常に間違えやすいところです。

出雲大社(いずもおおやしろ)は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)を祀る神社です。

一方の出雲大社教(いずもおおやしろきょう)は、出雲大社の信仰を背景として成立した教派神道の教団です。

名前は非常によく似ていますが、

出雲大社
→ 神社

出雲大社教
→ 神道十三派の一つである宗教教団

という違いがあります。

神社そのものと、その信仰を広めるために成立した教団を区別して考えると分かりやすくなります。

天理教も神道だったの?

ここも神道十三派を知ると驚くところです。

天理教は明治41年(1908年)、独立した神道教派として公認され、歴史的な「神道十三派」の一つになりました。

しかし、現在の天理教をそのまま「神道の一派」と説明するのは正確ではありません。

戦後、天理教は教派神道系から離れ、文化庁の宗教分類でも別の区分に置かれるようになりました。(文化庁)

つまり、

「歴史的には神道十三派の一つだった」

という理解が適切です。

「十三派」という名前なのに、現在は13教団ではない?

ここも注意したいところです。

「神道十三派」は明治時代の歴史的な分類です。

現在も「教派神道連合会」という組織がありますが、現在の加盟教団は、当時の十三派と完全に同じではありません。

現在は出雲大社教、大本、御嶽教、黒住教、金光教、實行教、神習教、神道修成派、神道大教、神理教、扶桑教、禊教の12教派で構成されています。(JAおろし)

つまり、

神道十三派
→ 明治時代に成立した歴史的な13教派

現在の教派神道連合会
→ 現在12教派が加盟する組織

であり、同じものではありません。

仏教の「宗派」と同じなの?

似ている部分はありますが、まったく同じではありません。

仏教には浄土宗、真言宗、曹洞宗など、長い歴史の中で形成された宗派があります。

神道十三派は、それとは異なり、幕末から明治時代にかけて広がったさまざまな神道系信仰が、明治政府の宗教制度の中で「教派」として公認されていったものです。國學院大學博物館も、明治末には13教派となったことから「神道十三派」という呼び方がされたと説明しています。(国学院大博物館)

そのため「神道には昔から13の宗派があった」という理解ではありません。

神社に参拝しているだけでは見えてこない、もう一つの神道

神道十三派を知ると、「神道」という言葉が想像以上に広いことが分かります。

神社で御祭神を祀る信仰だけでなく、太陽への信仰、山岳信仰、禊、出雲信仰、そして幕末から近代に登場した宗教家たちの教えなど、さまざまな信仰が「神道」という大きな流れの中で発展してきました。

そして明治という大きな時代の変化の中で、それらの一部が独立した宗教教団として制度化されたものが「教派神道」です。

神道十三派は、「神道には教祖も経典もない」といった一言だけでは説明できない、日本の神道の多様さを知るうえでとても興味深い存在なのです。