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日本の神様はどこから始まった?別天津神と神世七代

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日本の神様はどこから始まった?別天津神と神世七代

日本神話には、天照大御神、須佐之男命、大国主命など数多くの神様が登場します。

では、その神様たちよりも前、「一番最初」に現れた神様は誰だったのでしょうか。

『古事記』を最初から読んでみると、物語はいきなり天照大御神から始まるわけではありません。

まだ日本の国土もなく、天と地さえはっきりと形を成していなかった時代。

そこに最初の神々が現れます。

それが「別天津神(ことあまつかみ)」です。

さらにその後、「神世七代(かみよななよ)」と呼ばれる神々が現れ、最後に伊邪那岐神と伊邪那美神が登場します。

この二柱から日本の島々や数多くの神々が生まれ、日本神話の壮大な物語が動き始めるのです。

世界の始まりに最初に現れた神

『古事記』では、天地が初めて分かれたとき、高天原(たかまのはら)に最初に現れた神が、

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

です。

続いて、

高御産巣日神(たかみむすびのかみ)
神産巣日神(かみむすびのかみ)

が現れます。

この三柱は「造化三神(ぞうかさんしん)」と呼ばれます。

「産巣日(むすび)」という言葉には、ものを生み出し、結び、成長させていく神秘的な力という意味が込められていると考えられています。

つまり、日本神話の始まりには、人間のような姿をした神が国を治めていたというよりも、「世界を生み出す根源的な力」のような神々が登場するのです。

別天津神とは?

造化三神に続いて、

宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
天之常立神(あめのとこたちのかみ)

が現れます。

最初の三柱と、この二柱を合わせた五柱が「別天津神(ことあまつかみ)」です。

五柱は、

天之御中主神
高御産巣日神
神産巣日神
宇摩志阿斯訶備比古遅神
天之常立神

となります。

『古事記』では、この五柱はいずれも「独神(ひとりがみ)」として現れ、そして姿を隠したとされています。

ここが後に登場する神々とは少し違うところです。

別天津神は、誰かと結婚して子どもを生むような神として描かれるのではなく、天地創成の最初に現れる非常に神秘的な存在なのです。

その次に現れるのが「神世七代」

別天津神に続いて現れる神々が「神世七代(かみよななよ)」です。

「七代」という名前ですが、神様が七柱だけいるという意味ではありません。

一柱で一代とされる神と、男女二柱で一代とされる神々を合わせた「七つの世代」を指します。

第一代 国之常立神

国之常立神(くにのとこたちのかみ)

神世七代の最初に現れる神です。

まだ大地が十分に形づくられていない世界で、「国土が永遠に立ち続ける」といった意味を感じさせる名前を持つ原初の神です。

第二代 豊雲野神

豊雲野神(とよくもののかみ)

国之常立神に続いて現れます。

国之常立神と豊雲野神は、それぞれ一柱で一代とされる独神です。

第三代 宇比地邇神・須比智邇神

宇比地邇神(うひぢにのかみ)
須比智邇神(すひぢにのかみ)

ここから神々は二柱一組で登場するようになります。

神世七代では、この二柱を合わせて「一代」と数えます。

第四代 角杙神・活杙神

角杙神(つのぐいのかみ)
活杙神(いくぐいのかみ)

この二柱も一対となって現れる神々です。

第五代 意富斗能地神・大斗乃弁神

意富斗能地神(おおとのぢのかみ)
大斗乃弁神(おおとのべのかみ)

神世七代の第五代にあたります。

第六代 淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神

淤母陀琉神(おもだるのかみ)
阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)

そして原初の神々の系譜は、いよいよ私たちにも馴染みのある神々へと近づいていきます。

第七代 伊邪那岐神・伊邪那美神

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)
伊邪那美神(いざなみのかみ)

神世七代の最後に登場するのが、この二柱です。

ここまでの神々は抽象的で、その具体的な活躍がほとんど語られない神も少なくありません。

ところがイザナギとイザナミが登場すると、『古事記』の物語は一気に具体的になっていきます。

イザナギとイザナミから「日本」が始まる

イザナギとイザナミは、天の神々から国土を完成させるよう命じられます。

二柱は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、「天沼矛(あめのぬぼこ)」で海をかき混ぜます。

矛を引き上げたとき、その先から滴り落ちた潮が固まってできたとされるのが「淤能碁呂島(おのごろじま)」です。

二柱はそこへ降り立ち、やがて淡路島、四国、隠岐、九州などの島々を生みます。

これが「国生み」です。

さらに二柱は、海の神、山の神、風の神、木の神、火の神など、自然界を形づくるさまざまな神々を生み出していきます。

これが「神生み」です。

天照大御神はさらに後に誕生する

日本を代表する神ともいえる天照大御神が登場するのは、実はさらに後です。

火之迦具土神を生んだことで伊邪那美神は命を落とし、黄泉の国へ向かいます。

伊邪那岐神は妻を取り戻そうと黄泉の国へ向かいますが、最終的には一人で現世へ帰還します。

そして黄泉の穢れを落とすために禊を行いました。

そのとき、

左目から
天照大御神(あまてらすおおみかみ)

右目から
月読命(つくよみのみこと)

鼻から
須佐之男命(すさのおのみこと)

が生まれたと『古事記』には記されています。

この三柱が「三貴子(みはしらのうずのみこ)」です。

つまり天照大御神でさえ、日本神話の最初の神ではありません。

日本神話の神々を順番にすると?

大きな流れだけを整理すると、非常に分かりやすくなります。

天地の始まり
↓
別天津神
↓
神世七代
↓
伊邪那岐神・伊邪那美神
↓
国生み・神生み
↓
伊邪那美神の死と黄泉の国
↓
伊邪那岐神の禊
↓
天照大御神・月読命・須佐之男命
↓
さらに多くの神々の物語へ

こうして見ると、これまで別々に聞いたことのある日本神話が、一つの大きな物語としてつながってきます。

「最初の神様」は天之御中主神?

『古事記』だけを見るなら、天地が始まったとき最初に現れる神は天之御中主神です。

ただし、日本神話を理解するときに注意したいのが、『古事記』と『日本書紀』では天地開闢の記述が同じではないということです。

『日本書紀』には複数の異なる伝承が収録されており、最初に現れる神の記述にも違いがあります。

そのため、

「日本神話では絶対に天之御中主神が最初の神」

と断定するより、

「『古事記』では最初に天之御中主神が現れる」

とするのが正確です。

なぜ最初の神々はあまり知られていない?

天照大御神や須佐之男命と比べると、別天津神や神世七代の神々はあまり知られていません。

大きな理由の一つは、物語がほとんど語られていない神が多いことです。

須佐之男命には八岐大蛇退治があり、大国主命には国造りや国譲りがあります。

しかし、最初に現れた神々の多くは、登場した後に具体的な物語をほとんど残しません。

だからこそ、どこか人間から遠い、世界そのものの成り立ちに関係する原初的な神々という印象を持っています。

神様にも「その前」がある

神社を巡っていると、「この神様の親は誰?」「この神様はどこから生まれたの?」と、神々のつながりが気になってくることがあります。

その系譜をどんどん遡っていくと、やがてたどり着くのが別天津神と神世七代です。

そして神世七代の最後にイザナギとイザナミが現れ、そこから国生み・神生みを経て、天照大御神や須佐之男命をはじめとする壮大な日本神話へとつながっていきます。

普段神社で目にする神様の名前も、「日本神話の始まり」からたどってみると、それぞれが一つの大きな物語の中に存在していることが見えてくるのです。