浅間神社は「あさま」?「せんげん」?同じ漢字なのに読み方が違う理由
「浅間神社」という名前を見たとき、少し不思議に思ったことはないでしょうか。
富士山の周辺では「せんげんじんじゃ」と読む神社が多い一方で、「あさまじんじゃ」と読む神社もあります。
さらにややこしいことに、全国の浅間神社の総本宮である「富士山本宮浅間大社」は、
「ふじさんほんぐう せんげんたいしゃ」
と読むのに、そこで祀られている「浅間大神」は、
「あさまのおおかみ」
と読みます。
同じ「浅間」という二文字なのに、なぜ「あさま」と「せんげん」という二つの読み方があるのでしょうか。
「浅間」はもともと「あさま」と読まれていた
まず知っておきたいのが、「浅間」という言葉には古くから「あさま」という読みがあることです。
現在でも、群馬県と長野県の県境にそびえる浅間山は「せんげんさん」ではなく「あさまやま」です。
そして富士山本宮浅間大社でも、主祭神である木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)の別称を、現在も公式に「浅間大神(あさまのおおかみ)」としています。(富士山本宮浅間大社)
つまり、「浅間=あさま」という読み方は決して特殊なものではありません。
むしろ「あさま」という言葉と山岳・火山への信仰には、古くから深い関係があったと考えられています。
ただし、「あさま」という言葉そのものが何を意味していたのかについては諸説があり、その語源は現在もはっきりとは確定していません。古くから研究の対象となっており、「浅間」という名を持つ山々と山岳信仰との関係も論じられてきました。(J-STAGE)
そのため、
「浅間とは火山という意味だった」
などと一つの説だけで断定するのは避けた方がよいでしょう。
では、なぜ「せんげん」と読むの?
ここが一番面白いところです。
「浅間」を漢字の音で読むと、「浅」は「セン」、「間」は「ケン・ゲン」と読むことができます。
そのため「あさま」という古い呼び名に「浅間」という漢字が当てられ、その漢字を音読みすることで「せんげん」という読み方が生まれ、富士山信仰の広がりとともに定着していったと考えられています。
ただし、「いつ、誰が、なぜ『あさま』を『せんげん』と読み始めたのか」が一つの出来事として明確に分かっているわけではありません。
富士信仰そのものも長い歴史の中で変化し、浅間社は各地へ広がっていきました。現在の浅間神社にも地域ごとの信仰や祭神の違いが見られます。(J-STAGE)
そのため、
「あさまが間違いで、せんげんが正しい」
という関係ではありません。
どちらも浅間信仰の歴史の中に残った読み方なのです。
実際に「あさま神社」も「せんげん神社」もある
現在の山梨県を見るだけでも、この違いはよく分かります。
笛吹市にある甲斐国一宮の「浅間神社」は、
「あさまじんじゃ」
と読みます。(【公式】富士の国やまなし観光ネット 山梨県公式観光情報)
一方、忍野村の「浅間神社」は、
「せんげんじんじゃ」
と読みます。(【公式】富士の国やまなし観光ネット 山梨県公式観光情報)
つまり、同じ山梨県、同じ「浅間神社」という表記であっても読み方が違うのです。
「浅間神社と書いてあったら必ず“せんげん”」
というわけではありません。
個々の神社については、その神社が伝えている正式な読み方を確認する必要があります。
そもそも浅間神社は何を祀る神社なのか
浅間神社を理解するうえで欠かせないのが、富士山です。
浅間社は富士山信仰と深く結びついて発展してきました。現在、富士山本宮浅間大社は全国1300余の浅間神社の総本宮とされています。(富士山本宮浅間大社)
現在の富士山本宮浅間大社の主祭神は、
木花之佐久夜毘売命
(このはなのさくやひめのみこと)
です。
そして、その別称が、
浅間大神
(あさまのおおかみ)
なのです。(富士山本宮浅間大社)
ここに、浅間神社の読み方の面白さが凝縮されています。
「富士山本宮浅間大社」は「せんげんたいしゃ」。
しかし、そこに祀られる「浅間大神」は「あさまのおおかみ」。
同じ「浅間」でも読み方が違います。
浅間大神は最初から木花咲耶姫だったの?
ここは少し慎重に考える必要があります。
現在の富士山本宮浅間大社では、富士山を御神体とし、浅間大神・木花之佐久夜毘売命を祀ると説明されています。(富士山本宮浅間大社)
一方、富士山への信仰そのものは非常に古く、特に噴火する富士山を畏れ、その力を鎮めようとする信仰が重要でした。
平安時代の史料にも浅間神への祭祀が現れます。特に貞観6年(864)から始まった大規模な富士山噴火の後、翌865年には甲斐国でも浅間神を祀る動きが記録されています。初期の富士山信仰については史料が少なく、後世の伝承をそのまま古代の実態とみなすことには注意が必要だと研究でも指摘されています。(J-STAGE)
そのため、
「古代から浅間大神=木花咲耶姫と完全に決まっていた」
と単純に考えるより、
「富士山そのものへの信仰や浅間神への信仰があり、長い歴史の中で木花咲耶姫と強く結びついていった」
と捉える方が実態に近いでしょう。
なぜ木花咲耶姫と富士山が結びついたのか
木花咲耶姫には、「火」と非常に印象的な神話があります。
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)との間に子を宿した木花咲耶姫は、一夜で身ごもったことを疑われます。
そこで自ら産屋に火を放ち、
「瓊瓊杵尊の子であるならば、炎の中でも無事に生まれるはず」
として、その燃え盛る産屋の中で子を産みます。
一方の富士山は、巨大な火山です。
火の中で無事に出産した木花咲耶姫と、噴火する富士山を鎮める浅間信仰。
この二つが結びついたことは非常に象徴的です。
現在の富士山本宮浅間大社でも、木花之佐久夜毘売命は火難消除や安産などの守護神として信仰されています。(富士山本宮浅間大社)
ただし、「産屋の火の神話があったから浅間大神になった」と原因を一つに決めてしまうのは避けるべきでしょう。
富士山信仰は長い時間をかけて形づくられてきたものだからです。
「浅間神社」と書いてあったら、どう読めばいい?
結論は意外と単純です。
「あさま」と「せんげん」のどちらかに統一することはできません。
浅間山は「あさまやま」。
浅間大神は「あさまのおおかみ」。
富士山本宮浅間大社は「せんげんたいしゃ」。
そして神社によって、「あさまじんじゃ」と読むところも「せんげんじんじゃ」と読むところもあります。
この二つの読み方が残っていること自体が、浅間信仰が長い年月をかけて各地へ広がってきた証でもあります。
「浅間神社」と書かれた鳥居を見つけたら、
「ここは“あさま”だろうか、“せんげん”だろうか?」
と確認してみるのも、神社巡りのちょっとした楽しみになるかもしれません。
そして、その先には木花咲耶姫だけではなく、噴火する富士山を畏れ、山そのものを神聖な存在として祈ってきた日本人の古い山岳信仰が見えてきます。

