玉依媛命(たまよりひめのみこと)とは?賀茂別雷大神を生んだ賀茂の女神
玉依媛命(たまよりひめのみこと)は、京都の下鴨神社(賀茂御祖神社)に祀られている女神です。
父は同じく下鴨神社に祀られる賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)。
そして玉依媛命の御子が、上賀茂神社の御祭神である賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)です。
つまり、
賀茂建角身命
↓
玉依媛命
↓
賀茂別雷大神
という三代の神々が、下鴨神社と上賀茂神社の信仰をつないでいます。
玉依媛命は、賀茂別雷大神の不思議な誕生神話の中心となる女神でもあります。
「玉依媛」という名前にはどんな意味がある?
「玉依(たまより)」という名前は、神霊が依りつくこと、神の力を受けることと関係する名前と考えられています。
そのため、日本神話には「玉依姫」「玉依毘売」など、よく似た名前を持つ女性が複数登場します。
ここで紹介する玉依媛命は、賀茂氏の伝承に登場する玉依媛命です。
神武天皇の母として知られる玉依毘売命(たまよりびめのみこと)とは別の女神なので、混同しないよう注意が必要です。
川から流れてきた丹塗矢
玉依媛命の物語で最も有名なのが、丹塗矢(にぬりや)の伝承です。
ある日、玉依媛命が川で身を清めていると、上流から一本の赤く塗られた矢が流れてきました。
玉依媛命はその丹塗矢を拾い、持ち帰って大切にしていたといいます。
すると不思議なことに玉依媛命は身ごもり、やがて一人の御子を産みました。
その御子が、後の賀茂別雷大神です。
しかし、丹塗矢によって授かった御子だったため、その父が誰なのかは謎に包まれていました。
御子の父を明らかにする宴
御子が成長すると、祖父の賀茂建角身命は、その父が誰なのかを確かめるために宴を開きます。
そして御子に、父と思う神へ酒を捧げるよう告げました。
すると御子は、父が天津神であることを示し、盃を天へ向けて投げ、そのまま天へ昇ったと伝えられています。
天津神とは、高天原(たかまのはら)に関係する神々のことです。
この出来事によって、丹塗矢の姿で玉依媛命のもとへ現れた存在が、天上の神につながるものであったことが示されます。
我が子との再会を願った玉依媛命
天へ昇ってしまった御子に、もう一度会いたい。
そう願った玉依媛命の夢に、御子が現れたと伝えられています。
御子は夢の中で、自分を迎えるための祭りを行う方法を告げました。
その言葉に従って祭りが行われ、やがて御子は賀茂別雷大神として神山(こうやま)へ降臨したと伝えられます。
この物語が、上賀茂神社の信仰へとつながっていきます。
玉依媛命の物語は下鴨神社だけで完結するのではなく、御子である賀茂別雷大神を祀る上賀茂神社へと続いているのです。
下鴨神社に祀られる母神
玉依媛命は、現在の下鴨神社の東本殿に祀られています。
西本殿に祀られているのが、父である賀茂建角身命です。
そして御子の賀茂別雷大神は上賀茂神社に祀られています。
この二つの神社を合わせて賀茂社と呼びます。
京都三大祭の一つとして知られる葵祭も、正式には賀茂祭といい、下鴨神社と上賀茂神社の両社に関わる祭りです。
玉依媛命と賀茂別雷大神の神話は、現在の京都の祭りにも受け継がれています。
玉依媛命のご利益
玉依媛命は、賀茂別雷大神を授かり育てた母神であることから、
縁結び
子宝
安産
子育て
家庭円満
などと結びつけて信仰されています。
また、下鴨神社では古くから人々の暮らしを守る神として信仰されてきました。
もう一人の「玉依姫」とは別の女神
日本神話を調べていると、別の「玉依姫」が登場します。
それが、神武天皇の母として知られる玉依毘売命です。
名前も読み方も非常によく似ていますが、
賀茂の玉依媛命
→ 賀茂建角身命の娘
→ 賀茂別雷大神の母
神武天皇の母・玉依毘売命
→ 海神の系譜につながる女神
→ 神武天皇の母
と、伝えられている系譜や物語が異なります。
「玉依姫」という名前だけを見て、すべて同じ女神だと考えないことが大切です。
上賀茂神社へと物語をつないだ女神
玉依媛命の物語は、川を流れてきた一本の丹塗矢から始まります。
不思議な矢との出会いによって御子を授かり、その御子はやがて天へ昇り、賀茂別雷大神として神山へ降臨します。
そして母は下鴨神社に、御子は上賀茂神社に祀られました。
現在では二つの神社はいずれも京都を代表する古社となり、賀茂の神々を祀る信仰は長い時代を超えて受け継がれています。
玉依媛命は、下鴨神社と上賀茂神社、そして賀茂の神々の物語をつなぐ重要な女神なのです。
