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受持神(うけもちのかみ)

うけもちのかみ
うけもちのかみ
五穀豊穣 /食物守護/ 農業守護/ 商売繁盛/ 家内安全

受持神とは?月読命に殺され、その身体から食べ物が生まれた食物の神

受持神(うけもちのかみ)は、『日本書紀』に登場する食物の神様です。

「受持」という名前には、人々が生きるための食物を受け持ち、司る神という性格が表れています。

稲や粟、麦、豆といった穀物だけでなく、牛や馬、蚕など、人間の暮らしを支えるさまざまなものの起源と結びつけられています。

しかし、受持神の物語は穏やかな豊穣神の話ではありません。

受持神は月読命(つくよみのみこと)を食事でもてなそうとしたことがきっかけで、なんと月読命に斬り殺されてしまいます。

そしてその死によって、地上に食べ物がもたらされるのです。

受持神はどんな神様?

受持神は『日本書紀』第五段の一書に登場します。

食物を司る神で、

稲
粟
稗
麦
大豆
小豆

などの穀物をはじめ、人間の生活に欠かせないものの起源に関わる神様です。

また、蚕や牛馬の起源にも結びついています。

ただし、最初から田畑で穀物を育てて人間に与えた、という物語ではありません。

受持神の身体そのものから、これらが生まれたと語られているのです。

天照大神が月読命に命令する

物語は、天照大神と月読命から始まります。

天照大神は、葦原中国に受持神という神がいることを知り、月読命に受持神のもとへ行くよう命じます。

月読命は天照大神の命を受け、受持神のもとを訪れました。

すると受持神は、訪ねてきた月読命を歓迎します。

そして月読命をもてなすため、さまざまな食べ物を用意しました。

受持神は口から食べ物を出した

ところが、その食事の用意の仕方が非常に不思議でした。

受持神は陸に向かって口から米飯を出し、海に向かって魚を出し、山に向かって獣を出したと『日本書紀』では語られています。

そして、それらを整えて月読命に差し出しました。

受持神にとっては、自らの身体から食物を生み出して客人をもてなす行為だったのでしょう。

しかし、月読命はそう受け取りませんでした。

「口から出したものを食べさせるのか」

食事がどのように用意されたのかを見た月読命は激怒します。

「口から吐き出したものを、私に食べさせようというのか」

という趣旨の言葉を発し、受持神を「穢らわしい」と考えます。

そして月読命は剣を抜き、

受持神を斬り殺してしまいます。

食物をもてなそうとした神が、その方法を嫌悪され、殺されてしまったのです。

ところが、受持神の死体から食べ物が生まれた

普通なら、ここで受持神の物語は終わるはずです。

ところが、本当に重要なのはここからです。

天照大神は受持神が殺されたことを知り、天熊人(あめのくまひと)を遣わして様子を見に行かせます。

すると、亡くなった受持神の身体からさまざまなものが生まれていました。

『日本書紀』では、

頭から牛と馬
額から粟
眉の上から蚕
目から稗
腹から稲
陰部から麦・大豆・小豆

が生じたと語られています。

つまり、人間が生きていくために必要な食物や家畜、そして衣服につながる蚕までが、受持神の死によって地上にもたらされたのです。

天照大神は穀物を人間の食物とした

天熊人は、受持神の身体から生まれたものを持ち帰り、天照大神へ献上します。

天照大神はこれを喜び、

「これらは地上の人々が生きていくための食物となるものだ」

という趣旨のことを語ります。

そして穀物の種を田畑に植えさせたと『日本書紀』では伝えられています。

受持神の死から生まれたものが、やがて人間の食生活や農耕へとつながっていくのです。

蚕も受持神から生まれた

受持神から生まれたのは食べ物だけではありません。

眉の上から生まれたのが「蚕」です。

天照大神は蚕を口に含み、そこから糸を引き出したとする記述もあります。

蚕から糸を取り、絹を作る養蚕につながる神話です。

つまり受持神は、

食べるもの
農業
家畜
養蚕

といった、古代の人々の暮らしそのものに関係する神様なのです。

受持神を殺した月読命に天照大神が激怒

一方、受持神を殺した月読命に対して、天照大神は激しく怒ります。

天照大神は月読命に対して、

「お前は悪い神だ。もう顔を合わせたくない」

という趣旨のことを告げます。

そして天照大神と月読命は離れて暮らすようになったとされています。

なぜ太陽と月は一緒に現れないの?

ここで受持神の物語は、思いがけない神話へとつながります。

天照大神は太陽と深く結びつく神。

月読命はその名の通り、月と結びつく神です。

受持神を殺したことによって天照大神と月読命が決別し、昼と夜を分かれて治めるようになった。

『日本書紀』のこの一書では、受持神殺害の物語が、太陽と月が昼と夜に分かれて現れる理由を説明する神話にもなっています。

食物の起源だけではなく、昼と夜の世界まで受持神の物語につながっているのです。

なぜ「死」から食べ物が生まれるの?

受持神の物語で特徴的なのが、

「神が死ぬことで、新しい生命が生まれる」

という構造です。

穀物は種を土に埋めることで、そこから芽を出します。

実った稲は刈り取られ、その種が再び次の生命につながります。

一つの生命が失われることで、別の生命が生まれる。

受持神の身体から穀物が生まれるという神話には、こうした食物や生命の循環を重ねて見ることもできます。

『古事記』にもよく似た話がある

実は『古事記』にも、受持神の物語と非常によく似た神話があります。

ただし、登場する神様が違います。

『古事記』に登場するのは、

大宜都比売神(おおげつひめのかみ)。

大宜都比売神も食物を司る神様です。

須佐之男命に食事を用意する際、鼻・口・尻から食べ物を取り出して調理します。

それを見た須佐之男命は、食べ物を汚して差し出したと思って激怒し、大宜都比売神を殺してしまいます。

そして大宜都比売神の亡骸から、蚕や稲、粟、小豆、麦、大豆などが生まれます。

つまり、

『日本書紀』
受持神を月読命が殺す

『古事記』
大宜都比売神を須佐之男命が殺す

という、非常によく似た「食物起源神話」が伝えられているのです。

受持神と大宜都比売神は同じ神様?

受持神と大宜都比売神は、物語の構造や食物神としての性格が非常によく似ています。

そのため、両者を同系統の食物神として捉えることがあります。

ただし、『古事記』と『日本書紀』では神名も物語の登場人物も異なります。

神様辞典では、

受持神
大宜都比売神

を別々の神として扱い、それぞれの記事から関連する神としてつなげるのが分かりやすいでしょう。

宇迦之御魂神とも別の神様?

もう一柱、混同しやすいのが宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。

花園神社では「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」という表記で祀られています。

宇迦之御魂神も穀物・食物と深く結びついた神で、後世には稲荷信仰の中心的な神として広く信仰されるようになりました。

そのため受持神とは性格が非常に近いのですが、古典神話では基本的に別の神として登場します。

受持神
大宜都比売神
宇迦之御魂神

はいずれも日本神話を代表する食物神ですが、それぞれ異なる神名と物語を持っています。

受持神は女神なの?

受持神は、現代では女性の姿で描かれることがあります。

食物を生み出す神であることや、大宜都比売神など他の食物女神との類似から、母性的な女神としてイメージされることもあります。

ただし、『日本書紀』の受持神の説話そのものには、性別を明確に女性と断定できる記述はありません。

そのため、

「女性神として表現されることも多いが、古典上の性別は明確ではない」

としておくのが適切です。

受持神のご利益

受持神は、人間の食生活と農耕を支えるものを生み出した食物神です。

その性格から、

五穀豊穣
食物守護
農業守護
商売繁盛
家内安全

などと結びついて信仰されています。

食べ物を扱う飲食業や食品関係とも相性の深い神様といえるでしょう。

花園神社にも祀られている受持神

東京都新宿区の花園神社では、

倉稲魂命
日本武尊
受持神

の三柱が御祭神として祀られています。

倉稲魂命と受持神という二柱の食物・穀物に関わる神が祀られていることは、花園神社の商売繁盛や繁栄への信仰を考えるうえでも興味深いところです。

自らの死によって、人間に「食」を残した神

受持神の物語は、一見すると非常に残酷です。

客人をもてなすために食物を用意したにもかかわらず、その方法を嫌悪した月読命によって殺されてしまいます。

しかし、受持神の物語は死で終わりません。

その身体から牛や馬が生まれ、蚕が生まれ、稲や粟、麦、豆などが生まれる。

そして、それらが人間の暮らしを支えるものになっていきます。

さらに受持神の死は、天照大神と月読命の決別を引き起こし、太陽と月が昼と夜に分かれる神話へとつながります。

「食べ物はどこから来たのか」

「なぜ太陽と月は別々に現れるのか」

古代の人々が世界を見つめたときに生まれた二つの大きな疑問。

受持神の物語は、その両方を一つにつないでいる、日本神話の中でも非常に印象的な食物起源神話なのです。

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