箱根神社とは?箱根大神を祀る、関東屈指の山岳信仰の古社
神奈川県箱根町、芦ノ湖のほとりに鎮座する箱根神社(はこねじんじゃ)。
深い杉木立に囲まれた朱色の社殿と、芦ノ湖に立つ「平和の鳥居」で知られる、箱根を代表する神社です。
御祭神は「箱根大神(はこねのおおかみ)」。
ただし、箱根大神という名前の一柱の神様がいるわけではありません。
箱根神社では、
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
の三柱を合わせて「箱根大神」としてお祀りしています。
三柱は親子関係にあり、瓊瓊杵尊と木花咲耶姫命が夫婦、その子が彦火火出見尊です。
箱根神社は、こうした日本神話の神々への信仰と、箱根山そのものを神聖な山として崇めてきた古い山岳信仰が重なり合って成立した神社です。
箱根神社の御祭神「箱根大神」とは?
箱根大神として祀られる三柱を見てみましょう。
瓊瓊杵尊は、天照大御神の孫にあたる神様です。
天照大御神の命を受け、高天原から地上へ降りた「天孫降臨」の主人公として知られています。
その瓊瓊杵尊が地上で出会い、妻としたのが木花咲耶姫命です。
木花咲耶姫命は美しい桜の花にもたとえられる女神で、富士山本宮浅間大社をはじめとする全国の浅間神社でも祀られています。
二柱の間に生まれた神の一柱が彦火火出見尊です。
彦火火出見尊は「山幸彦」の名でも知られ、兄・海幸彦との物語や、海神の宮を訪れる神話で有名です。
つまり箱根神社では、天照大御神から皇室へとつながっていく神話上の重要な系譜に属する三柱が、一つの「箱根大神」として祀られているのです。
箱根神社の歴史は、社殿が建つよりも古い
箱根神社の歴史を考えるうえで重要なのが、箱根山そのものに対する信仰です。
箱根は古くから険しい山々が連なる場所で、その中心には神山(かみやま)があります。
現在のような神社の社殿が整えられる以前から、人々は箱根の山々に神聖な力を感じ、山そのものを信仰していたと考えられています。
その古い信仰の中心となったのが、現在の箱根駒ヶ岳山頂に鎮座する「箱根元宮(はこねもとつみや)」につながる場所です。
現在の芦ノ湖畔にある箱根神社だけを見ると「湖の神社」という印象が強いですが、その信仰の原点をたどると、箱根の山を崇める山岳信仰へと行き着きます。
万巻上人によって現在の箱根神社が開かれる
現在の箱根神社の創建に大きく関わる人物が、奈良時代の僧・万巻上人(まんがんしょうにん)です。
箱根神社の由緒では、万巻上人が天平宝字元年(757年)、箱根大神の神託を受け、現在の芦ノ湖畔の地に社殿を建立したと伝えられています。
これが現在の箱根神社へとつながっていきます。
神道の神社なのに「僧」が創建に関係していることを不思議に感じるかもしれません。
しかし、かつての日本では神道と仏教が現在ほど明確に分けられておらず、神と仏を結びつけて信仰する「神仏習合」が広く行われていました。
箱根もまた、山岳信仰・神道・仏教が重なり合いながら発展した霊場でした。
九頭龍を調伏したのも万巻上人
万巻上人は、箱根神社だけでなく九頭龍神社の伝説にも登場します。
当時の芦ノ湖には、人々を苦しめる「九頭の毒龍」が棲んでいたと伝えられていました。
万巻上人は芦ノ湖のほとりで祈りを捧げ、この毒龍を調伏します。
そして改心した龍を、芦ノ湖の守護神「九頭龍大神」として祀ったとされています。
これが九頭龍神社の信仰へとつながっていきます。
つまり、
箱根大神を祀る箱根神社
芦ノ湖の九頭龍大神を祀る九頭龍神社
は御祭神こそ別ですが、万巻上人と箱根山信仰を通じて非常に深く結びついているのです。
箱根神社が「関東総鎮守」と呼ばれる理由
箱根神社は「関東総鎮守 箱根大権現」として武将たちから篤い信仰を集めたことで知られています。
特に有名なのが源頼朝です。
平安時代末期、源頼朝は平家打倒のため挙兵しますが、石橋山の戦いで敗北します。
この石橋山は現在の神奈川県小田原市から箱根に近い地域です。
敗れた頼朝は箱根権現別当らの助けを受けて危機を脱したと伝えられ、その後鎌倉幕府を開くと、箱根権現を篤く崇敬しました。
頼朝だけでなく、鎌倉幕府の歴代将軍や後の武将たちからも信仰されるようになり、箱根神社は武家から篤い崇敬を受ける神社として発展していきます。
「箱根権現」とは?
箱根神社の歴史を調べると、「箱根権現(はこねごんげん)」という名前がよく登場します。
これは昔の箱根神社の呼び名です。
神仏習合の時代には、日本の神々は仏が日本の人々を救うために神の姿となって現れたものだとする考え方が広まりました。
こうした神を「権現」と呼びます。
箱根では「箱根三所権現」などとして信仰され、山岳修行の霊場としても栄えました。
明治時代に神仏分離が進められると、神社と仏教施設が分離され、現在の「箱根神社」という形になっていきます。
東海道を行き交う人々を守る神へ
箱根は、古くから関東と東海地方を結ぶ重要な交通の要衝でした。
特に江戸時代には東海道の箱根宿や箱根関所が置かれ、多くの旅人が険しい箱根峠を越えていきました。
そのため箱根大神は、旅の安全を守る神としても信仰を集めるようになります。
現在でも箱根神社では交通安全や開運厄除、心願成就などを願って多くの人が参拝しています。
芦ノ湖に立つ「平和の鳥居」
現在の箱根神社を象徴する風景の一つが、芦ノ湖に立つ朱色の鳥居です。
湖の中から立ち上がるように見えるこの鳥居は「平和の鳥居」と呼ばれています。
現在では箱根を代表する景観として有名ですが、古代からこの名前で存在していた鳥居ではありません。
昭和27年(1952年)、サンフランシスコ講和条約の発効を記念して建立され、後に「平和」の扁額が掲げられました。
湖、山、朱色の鳥居が一体となった風景は、箱根神社を象徴する景観となっています。
箱根神社と九頭龍神社新宮
箱根神社の境内には「九頭龍神社 新宮」も鎮座しています。
芦ノ湖畔にある九頭龍神社本宮まで行かなくても、箱根神社境内で九頭龍大神へ参拝できるよう、本宮から御分霊を迎えて建立されたものです。
九頭龍神社新宮の前には「龍神水」と呼ばれる霊水もあります。
そのため箱根神社へ参拝すると、
箱根大神
九頭龍大神
という二つの信仰に触れることができます。
ただし、九頭龍神社が箱根神社と同じ御祭神というわけではありません。
箱根元宮とは?
もう一つ知っておきたいのが「箱根元宮」です。
箱根元宮は、標高1,356メートルの駒ヶ岳山頂に鎮座する箱根神社の奥宮です。
箱根山では、古くから神山を神聖な山として仰ぐ山岳信仰が行われてきました。
駒ヶ岳山頂には古代祭祀の痕跡を伝える場所があり、現在の箱根元宮は、そうした箱根信仰の原点を伝える場所とされています。
芦ノ湖畔の箱根神社とはまた違った、箱根の古い山岳信仰を感じられる場所です。
箱根の「三社参り」
箱根では、
箱根神社
九頭龍神社
箱根元宮
を巡る「箱根三社参り」があります。
箱根大神を祀る箱根神社。
芦ノ湖の龍神・九頭龍大神を祀る九頭龍神社。
そして箱根山岳信仰の霊地である箱根元宮。
三社を巡ることで、箱根という土地に根付いてきた「山」と「湖」の両方の信仰に触れることができます。
箱根神社のご利益
箱根神社は古くから武将や旅人たちの信仰を集め、現在も幅広い願いを持つ参拝者が訪れています。
代表的なご利益として、
開運
厄除け
心願成就
交通安全
家内安全
商売繁盛
勝負運
などが挙げられます。
源頼朝をはじめ多くの武将から崇敬された歴史から、開運や勝負運を願って参拝する人も少なくありません。
また、瓊瓊杵尊と木花咲耶姫命という夫婦神が祀られていることから、縁結びや夫婦円満を願う信仰とも結びついています。
箱根神社と九頭龍神社の違い
箱根を訪れると混同しやすい二つの神社ですが、御祭神を見れば違いが分かります。
箱根神社の御祭神は、瓊瓊杵尊・木花咲耶姫命・彦火火出見尊を総称した「箱根大神」。
九頭龍神社の御祭神は「九頭龍大神」です。
箱根神社は箱根山の古い山岳信仰を背景に持つ神社。
九頭龍神社は芦ノ湖の龍神信仰を伝える神社。
それぞれ異なる神様を祀りながら、万巻上人の伝説や箱根の自然信仰を通じて深く結びついています。
山と湖に神を感じてきた箱根の信仰
現在の箱根神社は、朱色の社殿や芦ノ湖の平和の鳥居が美しい観光地としても知られています。
しかし、その歴史をたどると、その中心にあるのは箱根の雄大な自然そのものへの畏敬です。
神山を神聖な山として仰いだ古い山岳信仰。
奈良時代に箱根大神を祀った万巻上人。
芦ノ湖の九頭の毒龍を鎮めたという伝説。
そして源頼朝をはじめとする武将たちからの崇敬。
さまざまな信仰が千年以上にわたって積み重なり、現在の箱根神社へとつながっています。
芦ノ湖だけでなく、その背後にそびえる箱根の山々まで含めて見ると、なぜこの場所が古くから神聖な土地として信仰されてきたのかが見えてくる神社です。
