天之手力雄命とは?天岩戸から天照大御神を導き出した「力」の神様
天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)は、日本神話を代表する「力」の神様です。
その名を知らなくても、
「天照大御神が天岩戸に隠れ、世界が暗闇に包まれた」
という天岩戸神話を聞いたことがある人は多いでしょう。
天之手力雄命は、この天岩戸神話のクライマックスで重要な役割を果たします。
岩戸の陰に身を潜め、天照大御神がわずかに扉を開いた瞬間、その手を取って外へ導き出した神様です。
知恵を出した神。
踊った神。
鏡を作った神。
そして最後に、その計画を「力」で完成させたのが天之手力雄命でした。
天之手力雄命の名前の意味
「天之手力雄命」という名前を見ると、その性格がかなり分かりやすく表れています。
「天」は高天原に属する天津神であることを示し、「手力」は文字通り手の力、「雄」には力強い男性的な意味があります。
つまり、名前そのものが「天上世界の、手の力に優れた雄々しい神」といった性格を表しています。
『古事記』では「天手力男神(あめのたぢからをのかみ)」と記されます。
まさに怪力を神格化したような存在です。
天之手力雄命が登場する「天岩戸神話」
天之手力雄命を知るには、まず天岩戸神話を知る必要があります。
天照大御神の弟・須佐之男命は、高天原で田の畔を壊したり、神聖な御殿を汚したりするなど、乱暴な行為を重ねます。
そして機織りをしていた神聖な場所へ皮を剥いだ馬を投げ込むという事件を起こします。
これを恐れた天照大御神は、天岩戸に入り、岩戸を閉ざしてしまいました。
太陽を司る天照大御神が姿を消したことで、高天原も葦原中国も暗闇となります。
『古事記』では「常夜(とこよ)」となり、多くの禍が起こったと語られています。
八百万の神々が集まって作戦会議
困った八百万の神々は、天安河原に集まります。
ここで知恵を出したのが、思金神(おもいかねのかみ)。
思金神は、天照大御神を岩戸から外へ出すための作戦を考えます。
玉祖命が勾玉を作り、伊斯許理度売命が鏡を作り、天児屋命と布刀玉命が祭祀を行います。
そして天宇受売命が、岩戸の前で激しく踊ります。
その姿を見た八百万の神々は、一斉に笑いました。
岩戸の中にいる天照大御神は不思議に思います。
「私が隠れて世界は暗くなっているはずなのに、なぜみんな楽しそうに笑っているのだろう?」
そこで天照大御神は、岩戸を少しだけ開きます。
岩戸の横で待ち構えていた天之手力雄命
ここで登場するのが天之手力雄命です。
実は天之手力雄命は、最初から岩戸の脇に隠れて待っていました。
天照大御神が扉を少し開けた瞬間、天之手力雄命がその御手を取って、岩戸の外へ引き出します。
さらに布刀玉命が注連縄を張り、
「もう中へ戻ることはできません」
と境界を作ります。
こうして天照大御神は再び世界に姿を現し、光が戻りました。
天之手力雄命が岩戸そのものを投げ飛ばした?
天之手力雄命には、
「天岩戸の扉を怪力で開け、岩を投げ飛ばした」
というイメージもあります。
ところが、ここは神話を読むうえで注意したいところです。
『古事記』の天岩戸神話では、天照大御神が岩戸を少し開いたところを天手力男神が手を取って引き出した、とされています。
つまり『古事記』そのものには、
「巨大な岩戸を持ち上げて遠くまで投げ飛ばした」
とは書かれていません。
岩戸を投げ飛ばしたという話は、後世の各地の伝承と結びついて広がったものです。
戸隠神社と「飛んでいった天岩戸」
その代表的な場所が、長野県の戸隠です。
戸隠には、天之手力雄命が投げ飛ばした天岩戸が飛んできて山になった、という伝承があります。
「戸隠」という地名も、「岩戸が飛んできて隠れた」という伝説と結びつけて語られてきました。
戸隠神社の奥社では、天手力雄命が御祭神として祀られています。
険しい山々に囲まれた戸隠の景観を見ると、「天岩戸が飛んできて山になった」という壮大な伝説が生まれたことにも、不思議な説得力を感じます。
ただし、これは『古事記』本文の物語ではなく、戸隠に伝わる信仰・伝承として分けて考える必要があります。
「力」だけではない天之手力雄命
天之手力雄命は怪力の神様として知られていますが、天岩戸神話をよく見ると、単なる力自慢ではありません。
八百万の神々が立てた計画の中で、自分の役割を果たしています。
思金神が知恵を出す。
伊斯許理度売命が鏡を作る。
天宇受売命が踊る。
天児屋命や布刀玉命が祭祀を行う。
そして天之手力雄命が最後に天照大御神を外へ導く。
誰か一柱だけでは、天照大御神を岩戸から出すことはできませんでした。
天岩戸神話は、「知恵」「技術」「芸能」「祭祀」「力」という異なる力を持った神々が協力して世界に光を取り戻す物語として読むこともできます。
その中で天之手力雄命は、最後に物事を動かす「実行する力」を象徴する神様なのです。
天孫降臨にも登場する天之手力雄命
天之手力雄命の物語は、天岩戸だけでは終わりません。
『古事記』の天孫降臨では、天照大御神の孫・瓊瓊杵尊が高天原から葦原中国へ降ります。
その際、天照大御神は八咫鏡を自らの御魂として祀るよう命じます。
そして天手力男神は、天石門別神(あめのいわとわけのかみ)とともに、伊勢の五十鈴宮に鎮座したと『古事記』では語られています。
そのため天之手力雄命は、天岩戸という一つの有名な場面だけに登場する神ではなく、天照大御神の信仰とも深いつながりを持つ神様です。
湯島天満宮にも祀られている
東京の湯島天満宮というと、ほとんどの人が菅原道真公を思い浮かべるでしょう。
しかし湯島天満宮のもう一柱の御祭神が、天之手力雄命です。
しかも湯島天満宮の社伝では、雄略天皇2年(458年)、勅命によって天之手力雄命を祀ったことを創建としています。
菅原道真公が勧請されたと伝えられるのは、それからずっと後の1355年です。
つまり社伝に従えば、湯島天満宮はもともと天之手力雄命を祀る神社として始まり、後に天神信仰が加わったことになります。
現在では「学問の神様・湯島天神」の印象が非常に強くなっていますが、その歴史をさかのぼると、天岩戸神話の「力の神様」にたどり着くのです。
天之手力雄命のご利益
天之手力雄命は、その神話から「力」「突破」「開運」と深く結びつけられています。
固く閉ざされた岩戸から天照大御神を導き出し、暗闇となった世界に再び光を取り戻した神様です。
そのため、
開運
厄除け
勝負運
身体健全
スポーツ上達
技芸上達
などの御神徳で信仰されています。
特に「閉ざされたものを開く」という天岩戸神話から、困難を打開したいとき、新しい道を開きたいときの神様として捉えると、天之手力雄命らしさがよく分かります。
「力」は、世界を明るくするために使われた
天之手力雄命の神話で印象的なのは、その圧倒的な力を誰かと争うために使っていないことです。
天照大御神を岩戸から導き出し、世界に再び光を取り戻すために力を使いました。
知恵だけでは最後の一歩を動かせない。
計画だけでも世界は変わらない。
最後には、それを実際に動かす「力」が必要になる。
天之手力雄命は、そんな力を象徴する神様ともいえるでしょう。
何かを始めたいとき。
大きな壁を乗り越えたいとき。
行き詰まった状況を打開したいとき。
天岩戸の前でその瞬間を待っていた天之手力雄命の姿を思い浮かべると、「力の神様」がなぜ現在まで信仰されてきたのかが、少し分かるような気がします。
