菅原道真公(すがわらのみちざねこう)は、平安時代を代表する学者・政治家・漢詩人であり、「学問の神様」として全国で広く信仰されています。実在した人物でありながら、その生涯と死後の伝承から神として祀られるようになった、日本でも特に有名な人物神(じんぶつしん)の一人です。
845年に京都で生まれた道真公は、代々学問を家業とする菅原氏の出身でした。幼い頃から非常に優秀で、漢詩や学問に才能を発揮し、宇多天皇の厚い信任を受けて右大臣にまで昇進しました。当時としては学者出身では異例の出世を遂げた人物として知られています。
しかし、その活躍を妬んだ藤原氏との政争に巻き込まれ、901年に九州・太宰府へ左遷されました。道真公は無実を訴えながらも都へ戻ることは叶わず、903年に太宰府で生涯を終えます。
その後、京都では落雷や疫病、干ばつなどの災害が相次ぎ、「道真公の怨霊によるものではないか」と人々に恐れられるようになりました。これを鎮めるために道真公は「天満大自在天神(てんまだいじざいてんじん)」として神格化され、現在の天神信仰が始まったと伝えられています。
やがて道真公は怨霊ではなく、人々を見守る守護神として広く信仰されるようになり、学問・知恵・文化・芸術を司る神様として全国の天満宮や天神社で祀られるようになりました。梅の花をこよなく愛したことでも知られ、現在でも天満宮には美しい梅園が多く設けられています。
現在では、受験合格、学業成就、資格試験、就職祈願、技芸上達、書道や芸術の上達などを願う多くの人々が参拝しています。全国約12,000社ある天満宮・天神社の総本宮は福岡県の太宰府天満宮と京都府の北野天満宮であり、受験シーズンには全国から多くの参拝者が訪れます。
